国際オリンピック委員会の判断に困ったイラクの選手たち
北京オリンピック開催のこともあって、いくつか中東のスポーツの話を紹介します。第二回目はイラクについてです。
中東カフェ事務局
やっと実現したイラク選手団の北京オリンピックの参加
「御迎えである!平身低頭でー!ウダイ・フセイン公方、イラク・オリンピック委員長殿の御成りである!これぞそのものども、頭が高い!サダム・フセイン将軍様の御曹司の御通りであるー!」
これは、2003年の米軍を中心とした連合軍のイラク攻撃までのイラク選手オリンピック村の日常の出来事だ。オリンピック村の選手で、試合に負ける選手がいようものなら、殿から厳しい刑を待たねばならなかった。鞭打ちをはじめ、釘が体に刺さるようになっていたお棺に長時間押し込まれた選手が幾人もいたとか。
時はたち、イラクは米軍を主導とする連合軍の攻撃でフセイン政権から「解放」された。しかし、その解放後、二回目となるオリンピック出場であるはずの北京オリンピックでは、イラクのナショナルチームの参加が危ぶまれた。7月24日、国際オリンピック委員会(IOC)はイラク政府が同国のオリンピック委員会に政治介入したとして、オリンピックへの参加資格がないと発表した。5月にイラク政府はイラク・オリンピック委員会の組織結成が不正に行われたとして、同委員会を解散し、新メンバーで再結成した。この解散と結成が、IOCの「民主主義の基づく委員会選出」の理念に反するとの理由だった。
あれ、ちょっと待ってよ?!たった5年前までのフセイン将軍時代に、民主主義だの、政治介入だの、なんのいちゃもんもつけられずに、イラク・ナショナル・チームをオリンピックに参加させていたのに・・・。IOC殿、なにをお考えに?
イラクへの攻撃後、ウダイ・フセインからの解放のシンボルとして、イラク選手団は多くの国際試合に参加した。初のオリンピックとなったアテネ五輪(2004年)では、4位になったサッカー・チームが2006年のアジア大会で準優勝したなど、多くの実績を残した。そのなかでも、イラクの近年の最も輝かしい実績は、2007年のアジア・カップで優秀したサッカー・チームのことだ。スンニ派、シーア派とクルド人の選手が団結し、チームを優秀に導いたことは、イラクの人々に「イラクの三色の旗」の誇らしさを再度、認識させたことだろう。
次々にいい成績を残すイラク・サッカーの選手たちに世界のプロ・チームからスカウトがかかるようになった。それは、なんと、かつて8年間に及ぶ戦争が続いた隣国イランにも及んでいた。2007年のアジア・カップの時点で、イラク・ナショナル・チームの構成メンバーの3人がイラン国内のサッカー・チームに所属していた。イランで最も人気のあるチームに数えられる「ペルセポリス・チーム」で活躍していた選手もいれば、地方都市ケルマンの「ケルマン銅山チーム」に所属していた選手もいた。観客の感情を拝領しなければならないプロのスポーツ界で、かつての敵国の選手たちの受け入れに困難もあっただろうと想像する。しかし、イランで活躍イラク人選手がいるという現実をみれば、いかにイラク人たちのプレイはすばらしいものだったのかは理解できる。
IOCの決定に戻るが、一体、なぜ今回、このように判断したのだろうか。
中東カフェの酒井啓子店長のメールをそのまま引用すると: 「今、わざわざってのがなあ、ですし。また2004年に「イラク、サッカーで4位!!」と、解放されたイラクの国際スポーツ界復帰を諸手あげて歓迎したっつのに、いかにアメリカの手を離れてしまったかをよくあらわしているなあ、という感想です。」
IOCの発表を受け、陸上、アーチェリー、柔道、重量挙げとボート競技に参加予定の選手たちから悲鳴が上がった。「次のオリンピックの開催時まで生きているかどうかわからないのに」とニュースで紹介されていた選手の言葉が一番印象に残った。「次に代表に選ばれるか」を問うのではなく「生きているか」ということばは、彼(女)らの生活と練習状況の厳しさを表している。そもそも、イラク・オリンピック委員会の会長と数人の会員は、2006年7月に会議に向かう途中、武装集団に拘束され、未だに行方不明のままになっている。こうしたイラクの状況で「政治介入」や「参加資格取り消し」と言えたものだろうか。
この決定をうけ、イラクから政府広報官のアル・ダッバーグ氏をはじめ交渉団がスイスのIOC事務局と交渉した。7月29日、IOCは「イラク・オリンピック委員会は今年2008年中に民主主義に基づいた委員の選出を行う」との約束のもと、イラクの参加資格を認めた。五輪開催9日前のことだ。試合前の選手にとってもっとも重要であろう最終調整のはずの時間なのに・・・。やれやれだ。
今、北京のオリンピック村に、陸上のダナ・フセイン選手をはじめ、4人のイラク人選手がいる。ぜひ、気持ちを入れ替えて、いい成績を残してくださいな。「イラクの3色の旗」を何度でも世界中にいるイラクの人々に見せてあげてくださいね。がんばってください!
